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上つ瀬

  

 

《序》

 

 

 …まぶしい。

 目を閉じている。だが、まぶたを透かして春の陽の光が感じ取れる。

 それにふっと影が差す。

 彼の影。

 続く唇の感触は、よく知っている、彼のそれ。

 何度目かも分からないくらい口付けを重ねてきたけれど。

 この瞬間は、自分の鼓動はいつも素直に高くなる。

 彼の腕に引き寄せられ、自分も彼を引き寄せて。

 お互いの腰に緩く腕を回しながら、しばらく、そのままで。

 日差しが暖かい。

 丘を吹き抜ける風も。

 触れている彼の体も。

  はそこで、おや、と思った。

 今、頬をかすめたのは桜の花びらだろうか。

 彼に、相応しい花…。

 ゆっくりと目を開けて、唇を離す。

 そして何気なく、目に入ったものに、 は息を呑んだ。

 

 実際には息をする暇もなかったのかもしれない。

 咄嗟だった。

 彼に向かって真っ直ぐにつがえられた矢が放たれて。

 彼と矢の間に飛び込んで。

 自分が間に合ったと分かったのは、左の胸に焼けるような衝撃を感じたから。

 どくん、どくんと、鼓動に合わせて赤くて温かいものが吹き出す。

 気付いた彼が、何か叫んでいる。

 聞こえないが、何を言っているのかは何となく分かる。

 

 ちゃんと、伝えてあげないと。

 心配、してくれてるから。

 だって、この傷は…。

 

 ゆっくりと答えたつもりだったが、しびれる唇ではうまく発音できなかったかもしれない。

 

「…大丈夫ですよ…伯符様…」

 

 目を閉じる直前に見たのは、彼と、桜と、青空。

 私の一番、好きな景色。

 

  


 

 

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