ある一夜
「 、いるか?」 夜半、聞き慣れた声に私は立ち上がった。 「はい!」 早く行きたい、そんな気持ちを抑えてまず軽く髪を直し、それから房の扉を開けた。 そして私の中の最高の笑顔でその人を迎える。 立っていたのはもちろん予想通りの人だ。 「どうぞ、伯符さま」 「ああ」 私が手で促すと彼はちょっと笑ってから足を踏み入れた。本来、鍵もなく、また自由に入ったところで彼は咎められる立場ではないが、彼なりに気を遣っているのだろう。 「おかけください。今お茶をお持ちしますから」 「悪ぃな」 彼は部屋を横切って、椅子に腰掛けるのではなく寝台に上ってあぐらをかいた。以前はともかく、最近は彼は必ずそこに座るようになった。そして寝台の上でも座る位置はほぼ真ん中の辺りで、どうやら彼はそこを自分の定位置としているらしい。 「ここ来ると落ち着くよな」 「おそれいります」 こんなことを口にするから今更椅子に座ってくださいとも言えない。 私は苦笑しながらお茶の入った湯飲みを渡す。 「…何だよ」 「別に何も」 「ならいいけど」 私が笑っていたからだろう、彼は不思議そうにこちらを見ながらお茶を飲む。 私はその彼のすぐ隣に腰を落ち着け、同じように湯飲みを口にする。 体が触れるか触れないかの距離。ここが私の定位置だ。 「美味かった、ごちそうさん」 「いいえ…」 彼が湯飲みを置き、私も飲み終えて二人とも手持ち無沙汰になったとき。 顔を見合わせ、どちらからともなくさぐりを入れるように微笑む。 本当は気持ちは同じなのは分かっている。 触れたい、と。 けれどそこをあえて口に出さない。 自分からではなく、相手から言わせたいから。 しばしの沈黙の後、観念したように彼が腕を広げた。 私はそれを合図に腰の位置をずらして彼に近付く。 しびれを切らすのはいつも彼が先だ。私はそれが嬉しくてわざと体に触れるぎりぎりのところに座るのだ。 私が両腕を彼の首に投げかければ、彼は私の背中と腰に手を回してお互いに抱き締め合う。 ぎゅっと思い切り力を込めるけれど、それは一瞬だけですぐに腕を緩めて少しだけ距離を取る。 体を離すのは、次の口付けのため。 正面から見つめ合い、それから目を伏せてそっと唇を重ねる。 お互いの唇を甘く噛みながら、彼は私の背中を支えながらゆっくり体を倒してきた。 私を寝台に横たえると、彼は私の着物の帯を解いて胸をはだけさせ、瞬く間に全て脱がせ、私の肌に唇を寄せてくる。 その手順は、いつもより、早い。 「伯符さま…?」 「ん?」 「どうなさったのですか?」 隠すもののない私の胸に口付けていた彼が顔を上げた。 何となく表情が微妙なのは、私の質問を正確に理解した上での照れ隠しかもしれない。 「あ…ごめん。今日一日中お前のこと考えていて。やっと顔見れたと思ったら、何か我慢できなくなっちまってさ…」 そう言いながら彼は体を起こした。そして自分の着物を脱いで寝台の端へ放り投げる。 「だってさぁ、ほら、見ろよ。俺、もうこんな状態なんだぜ」 肘で体を起こした私の正面で、彼は全裸で仁王立ちになった。腰に手をあてて胸をそらす彼の股間すでに天を向いている。 そしてそれには、赤くてひらひらしたものがひっかけられていた。 屹立している自分のものに、髪用の赤の細布をかけてぶらさげているのだ。 私は吹きそうになった。 「何やってるんですか!」 「いや、面白えかなと思って」 「ちょっと下品ですよ!」 「そうか?じゃあこうしたら…」 彼は両手を股間にやったかと思うと、その赤の細布を蝶々結びにした。 「どうだ?」 彼は得意げに、両手を腰にあてたまま股間をぐいっと突き出してみせた。 屹立したものの根元あたりで真っ赤な蝶々結びがひらっと揺れる。 「どうだ、じゃないでしょう!」 ここで頬を染めてうつむけばしおらしいのかもしれないが、私ははしたないと思いつつも笑い出してしまった。 「そうかぁ?いいと思ったんだけどな…。…なぁ、そんなに可笑しいか?」 「はい、可笑しいです」 「ひょっとしてさ、馬鹿みたい、とか思ったか?」 私は一瞬迷ったが、首を縦に振った。 「はい。思いました」 「何だと、この野郎!」 彼は膝をつくと、正面から座っている私の首に腕を巻きつけて、締めるような仕草をした。同僚をからかうときに、よくする行為だ。 「だって、そうじゃないですか」 私は笑いながら、降参するように彼の腕を自分の手のひらでぽんぽんと叩く。 「そうかぁ?」 彼が腕を緩める。拗ねた口調がわざとらしい。 「そうですよ」 「しょうがねぇな、じゃ、取るか」 彼はそう言って股間に手をやった。私が笑い続けているので、細布をほどく彼もつられて笑い出す。 二人でひとしきり笑った後、彼は座っている私の前であぐらをかいて、右腕を伸ばして私の頭を軽く撫でた。 「 、お前さ」 「何でしょうか?」 正面から見つめ合った格好で、彼の手のひらが私の髪を滑る。その感触が心地よい。 そこで手を止めて彼はふっと微笑んだ。 「普段から可愛いなって思って見てるけど…やっぱ笑った顔が一番可愛い」 そう言う表情はひどく穏やかで、優しい。 私はそんな彼の前で、卑屈になる必要も、遠慮する必要もない。 ただ、思ったままを素直に口にすればいい。 「…ありがとう」 私は両腕を伸ばして、彼の頭を抱き寄せる。 彼も私を抱き締めることで応えてくれる。 そしてもう一度口付けを交わす。 唇を離し、さらにもう一度口付け、お互いの唇を舌先で舐めあい、ときに吸い、また舌を絡める。 唇は重ね合わせたままの状態で彼の片手が私の背中から腰に回り、もう片方は私の胸のふくらみを手のひらで包み込む。 動作を止めぬまま、彼がゆっくりと私の体を倒してくる。 今度こそ、一つになるために。
『日暮れの執務室』をアップした後、片想いな孫策へのフォローが欲しくなり、こちらをアップしました。何かしらほっとするものがあれば嬉しいです。
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